ガオ(Gao)はマリ共和国の都市であり同国ガオ州の州都である、ニジェール川沿いに位置する。人口は2005年時点で57,978人。
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その歴史の大半において、ガオはサハラ縦断交易で盛んだ交易都市トンブクトゥ、ジェンネと並ぶ貿易、学術の中心地の一つであり、ソンガイ帝国の首都であった。
ガオは7世紀前後にカウカウ (KawKaw)という名で建てられた。記録に残る都市の最初の王はツァー王朝(en:Za Dynasty)を建てたカンダ王(Kanda)で、ツァー王朝は後のソンガイ帝国の前身である。カンダ王はサハラ縦断交易路の商人の立ち入り及びベルベル人の居住を認め都市の発展を確かにした。ツァーコッソイ(Za Kossoi)が1009年にイスラムに改宗した後、交易はさらに盛んだ。
1325年、ガオはマリ帝国に制圧されるが、アリ・ゴロン(Ali Golon)によって奪回されソンガイ帝国の支配下に戻る。15世紀後期、スンニ・アリ (en:Sonni Ali)の治世下においてガオはソンガイ帝国の中心都市となり、7万人の人口と千隻の舟を擁するまでになったが、1591年にモロッコの侵略を受け都市は大きく破壊された。その後ガオは再び栄えることなく小さな町として存続し、20世紀早期にフランスの支配下になり、港が拡張され殖民基地が設立された。
文化 [編集]
現在ガオ住民の大半はソンガイ語(en:Songhay languages)を話すが、ボゾ語(en:Bozo languages)、フルフルーデ語(en:Fulfulde language)などを話す少数派、およびトゥアレグ人、西のマリからやってきたベルベル人も存在する。
七回目のソンガイ芸術および文化フェスティバル(Festival des arts et cultures songhay)が2007年2月にガオで行われ、都市がソンガイ文化の中心地であることを示した。 [2]
観光 [編集]
アスキアの墓(世界遺産)、市場などが知られている。
ガオは国際空港を一つ持ち、またトンブクトゥなどのニジェール川沿いの都市はフェリーにて移動可能である。数世紀の間交通及び貿易のハブであったガオだが、観光業、特にニジェール川のクルーズは地元経済の重要な一部になっている。